一通りご説明すると、一冊の本になってしまうと思いますので、
ここではふたつのキーワードに分けて、簡単にご説明いたします。
その他の詳細につきましては、別枠を設けて、
ご説明させて頂きたいと思っています。
第一のキーワード: [鮮度が良い] [最高品質の顔料]
*鮮度が良い・・について
ブロックス絵具は、年に一、二度、ある時期になると欠品が目立ち始めます。
取引当初は、「困ったな、お客さんにお詫びしないと、在庫管理は
ちゃんとしてほしいな・・」が正直な思いでしたが、
そのことによって重要な事実が分かったのです。
それは、ブロックス社が、必要以上に大量生産をしていないということです。
年に数回に分けて、いつも出来立ての絵具をベルギーから神奈川県まで
届けてくれているのです。
*最高品質の顔料・・について
輸入絵具のカタログには、どのメーカーも[最高級の専門家用油絵具]といった
内容が記されています。
果たしてその根拠あるいは対象基準は、どこにあるのでしょうか。
俵屋工房が[最高品質の顔料]とする対象は明確です。
それは第一に顔料の安定性です。
ブロックス絵具の販売を開始する前に、すべての絵具と
その組成資料に目を通しました。
驚いたことに、いくつかの絵具に使われている顔料のデータが、
店主のカラーインデックスに載っていませんでした。
ブロックス社は、良質な顔料が発明されると、必要と判断した絵具は、
その名称と色合いを変えずに最新の顔料に変更しているのです。
お世辞抜きに、まさに「妥協しない姿勢」とは、このことではないでしょうか。
とはいえ、最新の顔料だからといって、最高品質とは言い切れません。
油彩画用の顔料として大切なのは、色合いは言うまでもありませんが、
もうひとつは冒頭の[安定性]です。
例えば、[有機顔料は耐光性に劣る]というのが、前時代までの共通認識でした。
しかし、ブロックスのインディアンイエローは、天然無機顔料と同じ
[BWS-7](*1)と、顔料の中では最強レベルの安定性を誇ります。
ブロックス絵具の初期調査には、こんな思い出があります。
代理店にサンプル用の絵具を購入しに行った時のことです。
普通のメーカーならば、最低ランクの価格帯のつもりで購入した数種類の絵具。
あとで請求書を見て驚きました。予想をはるかに超えた金額だったのです。
しかし、その驚きは、工房に戻って絵具の組成などを確認することで、
高価な理由についてすぐに納得しました。
代表のジャック氏をはじめブロックス社の考え方は、コストよりも、
はるかに品質を重視されていることを再認識しました。
(*1)BWSとは、耐光性国際規格(ブルー・ウール・スケール)の意
第二のキーワード:
[絵具状になっていること]
[余分な添加物が入っていないこと]
第一のキーワードは、万人向けですが、こちらは、
専門家の中でも「さらに拘りのある方向け」のキーワードです。
例えば「市販品では、バロック絵画の模写には向いていない」と、
メーカー製品が批判されることがあります。
古い時代の絵師たちは、自分の表現に合わせて絵具を手作りしました。
「画家の数だけ絵具のメーカーブランドがあった」といってもよいでしょう。
したがって、ひとつのメーカー製品で、フランドル絵画から印象派まで、
対応させようとするユーザーの要求自体に、無理があるのです。
店主は、博物館からの複製画の依頼を受ける前に、
先ずは、その絵に最も適した顔料と手練り絵具の処方を検討します。
メーカー様には失礼ですが、この時の店主の脳裏に市販絵具は
全く存在しません。少なくともブロックス絵具の深部に触れるまでは・・。
*絵具状になっていること
「なんでそれが、キーワードになるの?」
「市販絵具なのだから、そんなの当たり前ではないか・・」
との声が聞こえそうですが、「絵具練りを経験された方」。
さらには「使い物にならない絵具しか作れなかった方」
圧倒的に多い「うまく作れないので、今は市販絵具に頼っている」という方なら、
すでにピンと来た方もいらっしゃるでしょう。
絵具を自製するのに、最も難しいのが[viscosity]、適度な粘性と、
その安定性を得ることです。
一方、絵具の手練りの場合、基準的かつ最もシンプルな組み合わせは、
[顔料と乾性油]だけによるものです。
せっかく絵具を自製するのに、メーカー製品と同じように、この段階で、
体質材や安定剤、あるいは増量剤を添加する人は
いらっしゃらないと思いますので、あとの作業は、
パレット上で、如何にして顔料と結合材を[絵具(ペースト)状]にするか。
そして、顔料によっては、何日間寝かせてから仕上げるか・・と言ったところです。
がしかし、これがまた難しい技術なのです。
日本で手練りを実践されている方が、極めて少ない理由であり、
また、画期的な構造の俵屋工房の練り棒が、国内で売れない所以でしょう。
*余分な添加物が入っていない
ブロックス絵具は、基本的に[顔料と乾性油]で出来ています。
そのことについては、同社のジャック氏との執拗なやり取りを通じて確認済み。
さらに使用結合材の乾性油の種類も公表しています。
そろそろお気づきになられた方もいらっしゃることでしょう。
「絵具(ペースト)状になっていること」のキーワードの大意が・・。
ブロックス絵具は、絵具に混ぜ物をする必要のない私たちが、
絵具を手練りするときの最小限の処方、
つまり[顔料と乾性油だけ]で、
ペースト状の絵具を作ってくれているのです。
手練り絵具は、一度練ったら、パン生地のように寝かせます。
数日間かけて顔料と結合材とを馴染ませるのです。
(この段階で樹脂溶液やバルサムの混入は、その絵具を腐らすことになるので厳禁)
@[寝かせ終わった絵具]は、もう一度、練り板に戻して、
A[新鮮な樹脂溶液やバルサムを加えて練り合わせて仕上げます。
出来上がったらチューブに詰めて完成です]。
ここで、これまで説明してきた
「ブロックス絵具と手練りの接点について」要約します。
手練りにおける[@]までの状態を、ブロックス絵具に担ってもらう。
粘性は、[顔料と乾性油]だけで手練りしたとすれば、極めて良好な状態。
ブロックス絵具と空チューブを用意したら、
必要量の絵具を練り板に搾り出して[A]の作業を行う。
これだけで、巨匠たちに引けをとらない、理想的な絵具に
リメークすることが出来るのです。
店主によるもうひとつの方法を、簡単にご紹介しましょう。
ブロックス絵具の明るめの絵具には、大方、ポピーオイルが使用されています。
結合材にリンシードを使うか、ポピーを使うかは賛否両論あり。
最終的には、その人の好みに委ねられるでしょう。
店主はどちらかと言えば、リンシード派です。
そんな店主としては、
ボリュームを得るために厚塗り用途の多いフレークホワイトにポピーオイルは、
使用感からしても少々アンバランスに感じています。
ですから、この絵具をリメーク(再練り)する時は、ある程度まで油抜きをしてから、
自製したリンシードオイルあるいはスタンドオイルと、その他の樹脂を加えて
堅牢性を高めます。
ブロックス絵具で、数点の絵を描いているうちに、
なぜ、同社が堅牢性の高いメディウムに拘るのか、
なぜ、[PAINTING SOLUTION][AMBER VARNISH]なのか、
店主なりに理解することができました。
市販絵具の処方上のコンセプトとして重要なのは、
[画材店の棚で何十年経っても、チューブ内の絵具が固まらないこと]
ではないでしょうか。
私たちユーザーが絵具に求めることは、それとは正反対で、
「キャンバスに塗った絵具は、頑丈な塗膜を形成(固着硬化)すること」です。
この頑丈な塗膜を得るためには、樹脂やバルサム成分が必要です。
しかし、これを大量生産される市販絵具に加えれば、賞味期限は極端に
短くなります。だから、ブロックス社は、別売りという形で、
[後付け]しているのだと思われます。
油彩画の伝統、私の恩師は、これを[油彩画技法の秩序]という言葉にも
置き換えて大切にしておられましたが、ブロックス社は、この言葉を
頑なに守り続ける世界唯一のメーカーではないでしょうか。
店主は、このメーカーの大ファンです。
予断ですが、食べ物に[自然食]があるように、
絵具にも[自然色]があります。
自然からの恵みが、身体に優しく染み渡るように、
自然からの色材もまた、目から優しく体内に染み渡って参ります。
特に同社のラピスラズリとの出会いは、とても感謝しています。
今は、ブロックス絵具にすっかりはまっています。
*俵屋工房では2010の春、BLOCKX用に堅牢性を強化した処方による
[RT. Painting Medium]を発売する予定です。(ストラスブルグ ターペンタイン配合)
(一般的な古典技法(塗り重ね)には、現在販売中のメディウムでも
充分対応可能ですが、厚塗りする方は、こちらのメディウムをお勧めします)
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