メーカーを訪れたときに、なぜかこの絵具が目の前に置かれていた。箱にはラベルがなく、手書きでLapis
Lazuliと書かれていた。恐る恐る手にとって見ると、その優れた発色力と価格に疑問を感じた。本当に天然なのか?当初は「天然ラピスラズリの含有量が30%以上だったら、取扱おう」とも考えていた。それだけ素晴らしく自然な色合いに作られていたからだ。
BLOCKX社のジャック・ブロックス氏は、私たちの執拗な問い合わせにも迅速に対応してくれた。無礼な質問にも紳士的に答えてくれた。そしてそれまでの疑問は一掃された。
一方、販売準備中にもかかわらず「本当に天然100%なのか?」「チリ産なら、たいしたものではない」と、今度は、問い合わせを受ける立場となった。専門店の定石だ。
ドイツのKREMER社には、フラアンジェリコブルーがある。名前は、作品の青にちなんで命名されたものだろう。テンペラ技法で使えばランブール兄弟の青にも似た色である。
「チリ産」と聞いただけで、この絵具を軽視あるいは批判される方は、こちら系のものと比較してのことだろう。しかし、ランブールの青を油彩画に使ってよいものか、はなはだ疑問である。油彩画技法はこの絵具を最大限に活かせる技法ではないからだ。金の十倍前後の高価なフラアンジェリコブルーは、水性結合材による技法を使って、陰影も混色もせずに塗るのが理想だ。つまり天使の青い衣装は、貼り絵のように、すべてを平坦に塗る方法である。そこにギリディングするのもよいだろう。しかし、それはバロックや印象派の油彩画表現ではなく、むしろ工芸品の領域になるだろう。
果して「チリ産じゃ・・」とおっしゃる方は、アフガニスタンの最高グレードのラピスラズリを使って絵を描いているのだろうか。
俵屋工房が所有するアフガニスタン産のラピスラズリには、グレー系のものから鮮明なウルトラマリンがある。10g/五千円ほどのグレードのものは、油彩画には使えないし色合いも決して良いとはいえない。天然ラピスラズリを手練りされた方なら分かるはずだ。素材の吟味と練り方の難しさをである。そういった要素を踏まえれば、手ごろな価格で気軽に使える天然ラピスラズリの存在は、夢のような話である。ましてやその絵具の発色が素晴らしければなおさらだ。私はこの絵具と出会えたことを心からBLOCKX社に感謝している。
[使用上の注意点]
この絵具と別の絵具を混色する際は、この絵具の特性を充分考慮して行う必要がある。大半の絵具は、この顔料の発色を妨げることになるからだ。また、相性の良い白や黄土でも、許容範囲を超えれば、その特性は直ちに失われるので慎重にお使いいただきたい。
店主敬白
|